母の話。母の田舎には昔、十五夜の晩に子供たちが
月見団子を盗む風習があったのだという。
月が昇り、女達がこしらえた団子を縁側に積み上げておくと、
やがて縁側の下辺りから子供たちの押し殺した笑い声のような、
ためいきのような音が聞こえてきて、下からさっと白い腕が伸びて
団子をつかんでまた下に消える。

頃合いを見計らい、女達が迫真の演技で「あら、お団子が減ってる!」
と驚いた声を上げてみせると、くっくっという笑い声は次第に
高い歓声に移り変わりながら夜道を遠ざかっていったのだという。


母方の伯母の子供の頃の話。「疳」が強かった伯母のために、祖母は
どこかから虫封じの薬をもらってきて、飲ませた。
すると伯母の手の指の先から、白い煙のような、糸のような
「虫」がするするとうねりながらはい出て来て、やはり煙のように消えたという。


母方の祖父の話。大戦中、召集され中国にいた祖父は、
来る日も来る日も行軍を続けていたという。
ある日、すっかり飲用水を切らせたまま野営していた小隊の兵士たちは、
下っ端の祖父に空の水筒を預け、数百メートル先の河へ水を汲みにやらせた。
月もなくほとんど暗闇のなかをおっかなびっくり歩き抜け、
無事水を詰めた水筒をしこたま抱えて帰還した祖父を
小隊は拍手喝采で迎えたという。

翌朝になり今後のためにまた水を補給しておこうと、
今度は全員で河に向かった祖父達は、目的地に着いて息を呑んだ。
河面は一晩のうちに上流から流れ着いた死体という死体で
びっしりと覆われていたのだという。


父方の祖父の話。飛行機技師だった祖父は、若くして飛行場の事故で
亡くなってしまったのだという。仏壇の遺影の中で、若い祖父は
白いつなぎを来て、コンクリートの地面の上に胡座をかいている。
黒いふさふさとした髪を左右に粋に撫でつけて、白い歯を見せて笑っている。
事務仕事でもしていたのか、はだけたつなぎの胸元からはワイシャツとネクタイが覗いている。

ところで写真は何かのスナップのようなものからざくざくと乱雑に切り取られたものらしい。
直角になっている角が一つもなく、直線になっている辺もまた一つもない。
結局サイズは手札ぐらいだろうか。さらには一度くしゃくしゃと握りつぶしたものを
また広げたように、皺がいくつも入っている。
皺の入った写真の中で、今後自分が祖父になることも知らない祖父は
朗らかに笑っている。こういうのも何だが、なかなかの美男子なのだ。
(2006年5月4日)
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